ネット弁慶

何が凄いって、この21世紀になっても弁慶さんが居場所を見つけていたことに感動。

それは置いときまして、ネットスラングをあまり知らないnecohaでも少し興味はあって、それ調べていると結構心折られてしまうのです。だって言葉に出したくないトンデモナイ悪口の宝庫だったりするでしょ。やっぱり強烈なんです、字面だけの表現に頼ると。

このネット時代になるまでは悪口って必ず音色ありきだったと思う、だから口に出して耳に入れても楽しそうな言葉を自然に選んでいた。特に子供の頃はそうで、「アッカンベー」とか「クルクルパー」とか言って一生懸命からかって。今聞けばはなかなか可愛い罵声ですよね(ほんとゴメン)。

もうちょい昔だったら「アンポンタン」とか「素っ頓狂」なんて大した攻撃力もなさそうな表現 、これだって十分に誰かを傷つけたり怒らせていた。「バカ」とか「アホ」とか言うよりも、「与太郎」とか「タワケモノ」とかが主流だったのかなぁ。どんだけ昔っ?


< エントリーの続き >

ネット上だと表情も仕草も見えなくて、ひたすらダイレクトな言葉で傷つけようとするばかり。攻撃側も字面だけだと、節つけり囃 し立てたり出来ないせいで面白みを失うことになって…多分それじゃ物足りない。泣き顔も見えないし、白眼視が通用しなかったり、それで満たされることなく過剰攻撃がエスカレートしていくのかなと。これ、大人には当たらないですかね。

おまけにどんな残酷な状況下にさらされていても、周りにいるネット外の人には気付きにくい環境で起こっているわけで。宇宙一 サイレントな戦場で、それこそ無鉄砲な歩兵達が屍の山を築いていたり。あぁ~勝手に考えるだけで、とても供物が行き届きませんよ。

安易かつ直接的な悪口ばかりだと言葉の層も貧困になるし、想像力や表現力の欠如にまで至りますよね。あっ、スラングって間接的でシニカルなものなのか。

うぅ ーん、どちらにしても言葉によって逆に感情の方が操られてしまう危険性は否定できないと思うのです。これは普段の言葉遣いにしてもそうだろなぁ。ネット上でも発言する前に今一度頭の中で音色として再生してみる必要あって、実際は字面だけであることとのギャップを考えてみるとか…。うっ、大変。

そもそも自分の気持ちを優先するだけでなく相手との感覚の差を思いやることも大切なんだよねぇ。「お前の母さん、でぇーべーそ!」というユニークな罵声でどれくらいのダメージを与えられるんだろう。もう亡くなってしまっていたら、相手はきっと切ないし悔しくて耐えられないかもしれない。それ狙いなら巧みな手法だしトンデモナイですよ~デビル顔負け。

ふと考えたのですが、悪口の今昔ってこんな風にも違うんですか。やたらと全力で潰そうと傷つけてくるのが最近、それに対して前の時代は相手を怒らせるような表現の方が主流だったような…。もうケンカ前提ではなくて無理解仕合に切り替わっているってことなのでしょうか。メンドクサイ、やられる前にやってやれ的な、血も涙も流す余地のない感じ。頭と心が弱くなっている気がするから過剰攻撃こそが最大の防御なり?

結局ケンカするって相手いるだけ嬉 しいことなんですねぇ、わずらわしいけども。言ってるnecoha も大概オッチョコチョイなもので、スラング精神について今後は長い目で見て実体の把握に努めたいっ!

ひとまず、ご清覧ありがとうゴザイもうす。

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