追憶のイモ次郎

ある所にイモ次郎という名の若い者がおりました。同じ兄弟で長子のイモ彦は品も良く精悍な容姿を持ち合わせておりましたが、ことにイモ次郎ときたら不粋で不器用・愛嬌も無く仲間どころか家族にも相手にされないほどでした。

The potato
しかし、そのようなイモ次郎にも青春の幕が開く季節が訪れます。神というのは誰にも等しく舞台を与えてくれるのでありがたい、と初め殊勝に念じておりましたイモ次郎でしたが大きな誤算に見舞われることになります。

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平等の舞台に平等の照明、同じ角度の観覧席…。 とどのつまりそれらは己の不平等さを相対的に際立たせてしまうものであり、イモ次郎にとって何の恩恵も賜ることにはならず、むしろ絶対的不利益をもたらす負の神業であったのです。

The potato
以後ペシミスティックなイモ次郎には何処も寄る辺など無く、あたら人無き道をさすらい続けること幾年月。イモ彦の英名も耳に届かぬほど夜の果てまで涙を拭ってゆくのです。それこそが己が舞台・背景であり、ひときわ熱烈に照らす明かりはイモ次郎だけを選び抜くのに違わぬものであることを教えてくれるのでありましょう。

行く春の運命的な出会い、神の教示、特等席…。悲壮美を身にまとい戦い続けるイモ次郎が辿り着いた朝ぼらけには、輝く紅一点が満面に異彩を讃えるようにして名優を待ちわびておりましたとさ。

めでたしめでたし、というお話。この物語はふぃくしょんです。 (photo 2007/11/04)

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